「生理だから、年齢だから」と我慢しないで
日豪両国の産婦人科専門医・桜井理沙子医師 が語る、オーストラリアで知っておきたい女性の健康と婦人科医療
2026年8月17日、在メルボルン日本国総領事館にて、「オーストラリアの医療事情を踏まえて知っておきたい、女性のライフステージごとの健康 ・ 婦人科を上手に頼るためのポイント 」をテーマに医療セミナーが開かれた。講師を務めたのは、日本とオーストラリア両国で産婦人科専門医資格を持つ桜井理沙子医師だ。
会場には多くの在留邦人が集まり、妊娠・出産から月経、更年期、婦人科疾患、女性特有のがん検診まで、幅広いテーマに熱心に耳を傾けた。
■ 「敷居の低い総領事館」を目指して
開会にあたり、在メルボルン日本国総領事館の大日向領事が挨拶と案内を行い、続いて古谷総領事が登壇した。古谷総領事は、約1年10カ月前の着任以来、「敷居の低い総領事館」を目標に、ワーキングホリデーや留学生、医療、離婚といった在留邦人の生活に身近なテーマを取り上げたセミナーを重ねてきたことを振り返り、「在留邦人の皆さんが少しでも安全で幸せな生活を送れるよう、できることをしてきた」と語った。
今回のセミナーは申し込みを途中で締め切るほどの反響があったといい、古谷総領事は女性の健康に関する情報への需要の大きさを改めて実感したと述べた。
自身が翌週に帰任予定であることにも触れ、こうした取り組みを大日向領事や、9月初めに着任予定の今西次期総領事にも引き継いでいきたいとの考えを示した。
■ 日本語で安心して相談できる存在に
桜井医師は日本の医学部を卒業後、東京の大学病院などで約10年間、産婦人科診療に従事した。
2020年9月、新型コロナウイルス感染症の拡大をきっかけに、家庭の事情でオーストラリアへ移住。
日本とオーストラリアでは医師・専門医の資格制度が異なるため、渡豪後すぐに医師として働くことはできず、改めて研修と試験を受け直し、オーストラリアの産婦人科専門医資格を取得したという。
現在はメルボルン東部のEastern Healthに所属し産科・婦人科診療にあたる一方、Malvern Eastでは婦人科のプライベート診療も行っている。
自身も英語での診療に苦労した経験があるという桜井医師。体調が悪いときには、母語である日本語でさえ症状を整理して伝えるのは難しいことがある。
そこに、英語で症状を説明し、医師から治療や手術の説明を短時間で受けるという状況が重なれば、内容を十分に理解できなくても無理はない。
だからこそ、日本語で安心して相談できる存在として、同じ日本人女性の力になりたい――桜井医師はそうした思いで日々の診療に取り組んでいると語った。
■ 日豪の医療制度の違いから、ライフステージごとの健康課題まで
講演ではまず、日本とオーストラリアの医療制度の違いが取り上げられた。
日本のように直接専門医を受診できる制度とは異なり、オーストラリアではGPを経由するのが基本で、予約の取りやすさや、GPからの紹介先となるパブリック・プライベートそれぞれの特徴、費用面の違いについて解説があった。
妊娠・出産については、オーストラリアでの妊婦健診の流れをはじめ、経腟分娩・器械分娩・帝王切開といった分娩方法の違い、そして硬膜外麻酔の普及率が日本とオーストラリアで大きく異なる点が紹介された。
救急受診が必要な症状としては、子宮外妊娠と卵巣嚢腫茎捻転が挙げられた。
いずれも本人に「妊娠している」「卵巣が腫れている」という自覚がないまま起こり得るため注意が必要で、緊急手術が必要になる場合もあることから、次第に悪化する強い腹痛があれば救急外来を受診すべきだと強調された。
続いて、強い生理痛や排便時痛、性交痛、慢性的な骨盤痛、経血量の多さといった、多くの女性が抱えがちな婦人科の悩みが取り上げられた。
こうした症状の背景には子宮内膜症や子宮筋腫、子宮腺筋症が隠れていることがあり、治療によって改善が見込めるケースが多いため、気になる症状があれば早めに婦人科を受診してほしいと桜井医師は呼びかけた。
ピル・ホルモン治療については、「ピル」と聞くと避妊薬というイメージを持つ人が少なくないが、産婦人科では生理痛や子宮内膜症、子宮腺筋症、過多月経、PMSなど、さまざまな症状の治療にホルモン剤が用いられていることが紹介された。
低用量ピルなどの飲み薬のほか、子宮内に挿入するホルモン放出型IUD、腕の皮下に入れるインプラント、注射、腟内リングなど選択肢は幅広く、治療の目的や年齢、持病などを踏まえて一人ひとりに合った方法が選ばれるという。
参加者の関心が特に高かった更年期については、ホットフラッシュだけでなく、疲れやすさや肩こり、腰痛、関節痛、イライラ、不眠、不安、気分の落ち込み、冷え、頭痛、めまい、吐き気、集中力の低下、物忘れ、腟の乾燥、性交痛など、実に多様な症状が現れ得ることが説明された。対処法としては生活習慣の改善から非ホルモン治療、ホルモン治療まで幅があり、それぞれの特徴や使い方についても具体的な解説があった。
女性特有のがんと検診については、検診方法が確立している子宮頸がんと、確立した検診がなく症状を知っておくことが重要になる子宮体がん・卵巣がんの違いが説明された。
また、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)やリンチ症候群にも触れられ、家族内に乳がん・卵巣がん・子宮体がん・大腸がんなどを発症した人が複数いる場合や、50歳未満で発症した人がいる場合には、遺伝性の関与を考える必要があるとの説明があった。
■ 質疑応答は時間ぎりぎりまで
講演後の質疑応答では、子宮内膜症の検査、無痛分娩、産後ケア、骨盤底筋トレーニング、更年期治療、漢方やサプリメント、婦人科に詳しいGPの選び方、Medicareを持たない場合の医療費など、参加者から次々と質問が寄せられ、関心の高さがうかがえた。
この日、桜井医師が繰り返し伝えていたのは、「生理だから」「年齢だから」と症状を我慢しないでほしいというメッセージだ。
これまで仕方がないと思っていた生理痛や更年期症状も、婦人科に相談すれば治療によって改善できる可能性がある。
「この程度で受診してもよいのだろうか」とためらわず、婦人科を身近な相談先として頼ってほしいと桜井医師は呼びかけた。
桜井医師は2026年8月から、伝言ネットで医療コラムの連載を開始する。今回のセミナーで時間の都合上十分に説明しきれなかったテーマについても、参加者から寄せられた関心や質問を踏まえ、今後のコラムで詳しく取り上げていく予定だという。
女性の体と健康の悩みは、年齢やライフステージによって刻々と変化していく。
正しい情報を知り、必要なときに適切な医療へつながることの大切さを、改めて考えさせられるセミナーとなった。

