Page 12 - 201601
P. 12
を留める

一杯のコーヒー
ひと粒の豆

第10回 イメージを作ること、想像すること

石渡 俊行〈いしわた・としゆき〉
聞き手・構成:田部井紀子

<石渡俊行プロフィール> Photo: Yusuke Sato
1977年神奈川県生まれ。05年ワーキングホリデー・ビザで来豪、
地元レストランなどを経てサウス・メルボルンのカフェ『St. Ali』
でバリスタを、また09年より『Market Lane Coffee』でヘッド・
ロースター兼クオリティー・コントロールを勤める。国内の各大会
で数々の受賞歴を持つ。カッピングとロースティングのクラスを
開いています。お問合せはhello@marketlane.com.auまで。

 僕の仕事は焙煎とクオリティ・コントロールですが、毎週土 取りにくいんです。 め容器を温めるという目的もあります。些細なことのようです
曜日は、バリスタとしてコーヒーを作っています。定期的に
立っていないと自分のバリスタとしての技術、スピードが落ち  ハンドドリップでは、液体が紙のフィルターを通過する時、 が、容器を温めるのはフィルターに限らずコーヒーの抽出にお
てしまうから、ということもありますし、クオリティー・コント
ロールの面から他のバリスタがどういう感じで作っているか 油分が吸い取られます。それで、豆そのものの細かな味まで感 いて、とても大事な基本のひとつ。熱いステーキをのせるのに
見ることができる、というのもあります。それに、説得力。豆の
焙煎だけで、自分はエスプレッソは作らないというのでは、エ じられます。生豆のクオリティーが良くなればなる程、ハンド プレートが冷たいか温かいかで違いが出るように、コーヒーも
スプレッソの味がどうの、とは言えない。そう思って、できるだ
け立つようにしています。 ドリップで淹れた方が良いんです。 味に変化が出ます。それから機具やカップを清潔に保つこと
 コーヒーの抽出方法には、エスプレッソのほか、ハンドド
リップ、エアロプレス、フレンチプレス、サイフォンなどがあり  もうひとつハンドドリップの良いところは、家でも手軽に抽 や、新鮮な豆、可能なら挽きたてを使うことも大事です。
ます。メルボルンではエスプレッソ・ベースのドリンクが最も
一般的で、よく飲まれていますが、コーヒー豆の味をより楽し 出が楽しめること。僕自身、自宅で淹れる時は殆んどがハンド  家でも店でも、抽出の際に僕が一番気を付けるのは、味です。
むには、実はハンドドリップがベストなんです。
 エスプレッソは圧力を掛けて早く抽出するので、なかなか味 ドリップです。ドリッパーはHARIOのV60という製品。豆の味 当たり前のようですけれど、案外見落とされていることです。
が安定しにくい上、フィルターの形状が金属に穴を開けたもの
なので、豆のオイルがそのままカップに入ります。それによっ がそのまま出る感じと、扱いやすいのとで気に入っています。 ドース(入れる豆)の量とか何秒で落ちるとか、数値や技術にお
てエスプレッソ特有のボディが出るんですが、クリーンさには
少し欠けることもあり、豆自体が持つ微妙な味の違いは、感じ  ハンドドリップは、最初、豆を蒸らすために、真ん中に点状で ける基本はありますが、それだけではおいしいコーヒーは淹れ

お湯を注ぎます。1分蒸らしたら、徐々に大きく「の」の字を描き られないと思います。

ながら注ぐ、というのが基本的な方法です。「の」の字を描くこ  家でハンドドリップをする時、僕は、頭の中でイメージを作

とで水の流れが起き、それぞれの豆から均等に抽出できます。 りながら、想像しながら淹れるのが好きです。豆にどんな風に

V60の優れている点は、内側に渦巻きのある完全な円錐形なの お湯が行きわたっているのか、ひとつひとつの豆から均等に抽

で、中心から少しだけずらして注ぐだけで勝手に水流が起きる 出されているかどうか、時には農園の風景やテロワールの様子

こと。「の」の字を描く必要がないんです。手の動きに頼らない を、頭の中で描きながら抽出します。科学的なことではなくて、

ので、抽出が安定します。 気持ちですが、味に違いが出るような気がします。ぼーっとし

 水流の他に大事なのは、紙のフィルターを置いた段階にリン ながら抽出するよりは、イメージして、気持ちを注ぎながら淹

スして、紙の味が出ないようにすること。リンスには、あらかじ れる。その方がおいしくなると思います。

12
   7   8   9   10   11   12   13   14   15   16   17