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一杯のコーヒー
ひと粒の豆
第9回 変えない環境、変えていく感覚
石渡 俊行〈いしわた・としゆき〉
聞き手・構成:田部井紀子
<石渡俊行プロフィール> 写真提供:Market Lane Coffee
1977年神奈川県生まれ。05年ワーキングホリデー・ビザで来豪、
地元レストランなどを経てサウス・メルボルンのカフェ『St. Ali』
でバリスタを、また09年より『Market Lane Coffee』でヘッド・
ロースター兼クオリティー・コントロールを勤める。国内の各大会
で数々の受賞歴を持つ。カッピングとロースティングのクラスを
開いています。お問合せはhello@marketlane.com.auまで。
マーケット・レーンでは毎週土曜、無料のパブリック・カッピ ほど味が捉えられるようになるまで3、4年掛かりましたが、鍛 で ウ ェ ッ ト・ミ ル の 発 酵 の 匂 い が す る ほ ど で 、最 初 こ れ は
ングを開いていて、毎回いろんな方が参加されます。老若男女
国籍問わず、観光客、地元の人、同業者の方も。 えるにはとにかくカッピングをたくさんこなし、意識して味を ちょっと難しいなと思ったんですが、それでも最後にはきちん
地元オージーの方は、カッピングが初めてでも「この味はこ
うだね」「こっちはこう」とぼんぼん発言します。食文化の違い 捉え、表現すること。他の人とカッピングして、その表現を聞い と評価することができました。それができたのはやはり経験で
によると思うんですが、こちらの人は特に酸味を受け入れやす
く、浅煎りの豆の味を楽しまれる方が多い。ある老夫婦の方が て、学ぶことも大事です。 す。以前参加したブラジルでのCOEを思い出したり、粗さをみ
参加された時、初めてのカッピングなのに、この酸はシトラス
系の酸だね、とか、酸の違いまで表現できる。びっくりして「ど それから農園、産地など違う環境でのカッピングも経験して て、こういう抽出になるんだろうなと想像したり。
うしてそんなに分かるの?」って聞いてみたら、ワインのテイス
ティングをよくされているということでした。 いくこと。僕が毎日のように店でやっているカッピングと産地 産地で行うカッピングの一番の目的は、生豆の評価です。だ
味を捉えられるかどうかは、生まれ持った感覚に加え、普段食
べたり飲んだりしているものが深く関係してきます。コーヒー でのそれは、まったくといっていいほど違います。何が違うかと から、焙煎の良し悪しでスコアを付けてはいけない。たまに焙
の味は「ナッツ」とか「フルーツ」で表現することが多いので、そ
ういったものを普段食べていなければ、絶対に分からない。これ いうと、まず豆の鮮度が違う。店にある豆は船で40~50日掛け 煎が悪いと低く付けてしまうことがあるんですが、そこを完全
は「カシス」の味だねと表現するには、カシスを食べて、その味を
記憶していないと不可能なんです。僕自身、毎朝ミューズリを食 て届けられたものですが、産地の豆はそれこそ精製されたばか になくさないと豆の買い付けはできない。すごいカッパーさん
べるようになって、随分分かるようにりました。
味覚は、トレーニングで鍛えていくこともできます。僕は今 り。それに焙煎方法も違うし、水の質も、豆の粗さも、量も違う。 になると、同じ豆なら、ブラインドでまったく違う条件下で、
自分でカッピングを行うときは「安定した環境」を作ること 0.1点の差もなく同じスコアを取れるんです。
が大事ですが、逆にこういった「違う環境」でのカッピングで大 ちなみにブラジルでカッピングした時、僕の捉え方はシルビ
事なことは、自分の感覚の「柔軟性」です。この鮮度とこの焙煎 オのそれと似ていて、うれしかった。シルビオはなんといって
だとこの味だけど、マーケット・レーンに持ってきて自分で焙 も同じ国の豆を何十年もカッピングしてきた凄いカッパーで
煎したらこの味になるだろうと予想して、評価しなければいけ すから。彼が更に凄いところは、固定観念を持たず柔軟であり
ないんです。豆の鮮度や焙煎の違いを念頭に置いてカッピング 続けていること。自分の付けたスコアが僕のものと違った時
しないと、豆そのものの評価はできない。 「トシはそれ高く付けたんだね。僕も考えなきゃいけないな」
それでもやはり味を捉えるのに苦労することもあります。8 と、他の意見を決して否定しない姿勢。だからこそ、愛され、尊
月にブラジルでカッピングした時、豆があまりにもフレッシュ 敬され続けている人です。
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一杯のコーヒー
ひと粒の豆
第9回 変えない環境、変えていく感覚
石渡 俊行〈いしわた・としゆき〉
聞き手・構成:田部井紀子
<石渡俊行プロフィール> 写真提供:Market Lane Coffee
1977年神奈川県生まれ。05年ワーキングホリデー・ビザで来豪、
地元レストランなどを経てサウス・メルボルンのカフェ『St. Ali』
でバリスタを、また09年より『Market Lane Coffee』でヘッド・
ロースター兼クオリティー・コントロールを勤める。国内の各大会
で数々の受賞歴を持つ。カッピングとロースティングのクラスを
開いています。お問合せはhello@marketlane.com.auまで。
マーケット・レーンでは毎週土曜、無料のパブリック・カッピ ほど味が捉えられるようになるまで3、4年掛かりましたが、鍛 で ウ ェ ッ ト・ミ ル の 発 酵 の 匂 い が す る ほ ど で 、最 初 こ れ は
ングを開いていて、毎回いろんな方が参加されます。老若男女
国籍問わず、観光客、地元の人、同業者の方も。 えるにはとにかくカッピングをたくさんこなし、意識して味を ちょっと難しいなと思ったんですが、それでも最後にはきちん
地元オージーの方は、カッピングが初めてでも「この味はこ
うだね」「こっちはこう」とぼんぼん発言します。食文化の違い 捉え、表現すること。他の人とカッピングして、その表現を聞い と評価することができました。それができたのはやはり経験で
によると思うんですが、こちらの人は特に酸味を受け入れやす
く、浅煎りの豆の味を楽しまれる方が多い。ある老夫婦の方が て、学ぶことも大事です。 す。以前参加したブラジルでのCOEを思い出したり、粗さをみ
参加された時、初めてのカッピングなのに、この酸はシトラス
系の酸だね、とか、酸の違いまで表現できる。びっくりして「ど それから農園、産地など違う環境でのカッピングも経験して て、こういう抽出になるんだろうなと想像したり。
うしてそんなに分かるの?」って聞いてみたら、ワインのテイス
ティングをよくされているということでした。 いくこと。僕が毎日のように店でやっているカッピングと産地 産地で行うカッピングの一番の目的は、生豆の評価です。だ
味を捉えられるかどうかは、生まれ持った感覚に加え、普段食
べたり飲んだりしているものが深く関係してきます。コーヒー でのそれは、まったくといっていいほど違います。何が違うかと から、焙煎の良し悪しでスコアを付けてはいけない。たまに焙
の味は「ナッツ」とか「フルーツ」で表現することが多いので、そ
ういったものを普段食べていなければ、絶対に分からない。これ いうと、まず豆の鮮度が違う。店にある豆は船で40~50日掛け 煎が悪いと低く付けてしまうことがあるんですが、そこを完全
は「カシス」の味だねと表現するには、カシスを食べて、その味を
記憶していないと不可能なんです。僕自身、毎朝ミューズリを食 て届けられたものですが、産地の豆はそれこそ精製されたばか になくさないと豆の買い付けはできない。すごいカッパーさん
べるようになって、随分分かるようにりました。
味覚は、トレーニングで鍛えていくこともできます。僕は今 り。それに焙煎方法も違うし、水の質も、豆の粗さも、量も違う。 になると、同じ豆なら、ブラインドでまったく違う条件下で、
自分でカッピングを行うときは「安定した環境」を作ること 0.1点の差もなく同じスコアを取れるんです。
が大事ですが、逆にこういった「違う環境」でのカッピングで大 ちなみにブラジルでカッピングした時、僕の捉え方はシルビ
事なことは、自分の感覚の「柔軟性」です。この鮮度とこの焙煎 オのそれと似ていて、うれしかった。シルビオはなんといって
だとこの味だけど、マーケット・レーンに持ってきて自分で焙 も同じ国の豆を何十年もカッピングしてきた凄いカッパーで
煎したらこの味になるだろうと予想して、評価しなければいけ すから。彼が更に凄いところは、固定観念を持たず柔軟であり
ないんです。豆の鮮度や焙煎の違いを念頭に置いてカッピング 続けていること。自分の付けたスコアが僕のものと違った時
しないと、豆そのものの評価はできない。 「トシはそれ高く付けたんだね。僕も考えなきゃいけないな」
それでもやはり味を捉えるのに苦労することもあります。8 と、他の意見を決して否定しない姿勢。だからこそ、愛され、尊
月にブラジルでカッピングした時、豆があまりにもフレッシュ 敬され続けている人です。
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