L. S. B.
~ロスト・ソウル・イン・ブリスベン~
京都出身の友人から結婚式の招待を受けた。彼女の実家は祇園の洋食屋さんで、以前から話を聞いて興味を持っていたので、この機会に行ってみることにした。京都駅からタクシーに乗り、祇園まで。降りた所で友人が待っていて、元御茶屋さんという、小さな旅館へ連れて行ってくれた。ここには一泊しただけだったが、まるで古い映画の世界にでも紛れ込んだようで、おかみさんの、柔らかな中に芯の通った物腰の見事さに打たれ、「あたしは野蛮人です、ごめんなさい」の気分になった。
夕食前の散歩で、近くの禅寺へ行った。夕方のお寺は人影も少なく、石庭を見ながら座ると、静けさに包まれた。お寺と祇園の町並み、おかみさんの様子、全てが調和して、一気に背筋が伸びた気がした。八坂神社での結婚式も印象的で、その後も友人一家のご好意で夢のような5日間を過ごした。
影響を受けやすいあたしは、このまま京都に短期留学して、お行儀を正したいような気になった程で、東京に帰ってもその気分が抜けないまま、カンタス航空便に乗ったのだった。それがそもそもの間違いだったのかもしれない…。
さて、今年の9月末で東京・メルボルン間の直行便が廃止されたことをご存知の方は多いと思う。東京・シドニー便も満席で、帰りの飛行機がブリスベン経由しかないと知らされた時には、別に気にもしなかった。しかし、このブリスベンがやってくれたのである。
東京からの飛行機は時間通りにブリスベンに到着した。ここで、まず入国審査を受け、荷物を受け取り、国際線ターミナル内の国内線カウンターでチェックインを済ませて荷物を預け、国内線ターミナルへ移動して飛行機に乗るのが手順。入国審査が終わり、荷物を受け取った後、荷物検査の行列が長かったが、まあ、これはメルボルンでも見慣れた光景なのであまり気にしていなかった。かなり体格の良い女性検査官が、アジア系旅行客に面と向かって「タビモノ!」と怒鳴っているのが気に障ったぐらいだった。「食べ物」なのか「旅者」なのかわからないよーなんて。
荷物検査を終えて、ロビーに出ると何の表示もなく、乗り継ぎカウンターを見付けるのが大変。ちょっと悪い予感はした。カウンターに並んで順番が来たところで、「もう間に合わないからタクシーで行って」と宣告された。しかもその態度が全然優しくない。この時点でメマイがしそうになったが、相棒君に手を引かれ、タクシーの列に並び、自腹で国内線ターミナルへ向かった。幸い、運転手さんが天使で、よくあることだと慰めてくれ、どの入口へ行けば良いかを説明してくれた。ちなみに彼は1時間も客待ちをしていたのに、運賃はたった15ドルだった…ひどい話だ。
国内線の急ぐ人用カウンターに並んだが、そこにも列があり、男性職員がシドニー便の客を優先している。しかしメルボルン便の出発の方が20分も早い。それを訴えると、「俺はシドニーしか知らん」と言って相手にしてくれない。この時点で泣きそうな気分になった。やがて順番が来て、チェックインはしていただけたものの、2階の搭乗口へ急ぐように言われ、だけどセキュリティーチェックは長蛇の列。緊急用スタッフがいるべきなのに、スクリーンにファイナルコールが点滅しているのに、順番待ち。この時点では諦めの境地。最後は搭乗口に走って、なんとか間に合ったものの、石庭の心の平和はどこへやら、げっそり疲れた。
ようやくメルボルンに到着して悪夢が去ったかと思えば、荷物が出て来ない。次の晩、荷物が届くまでにもスッタモンダがあり、気分は完全に「ネガティブ100%のNAM」状態に陥り、復活に1週間程かかった。
後で聞けば、同じパターンでタクシー代を使ったにも関わらず、乗りそびれて2時間待った友人もいた。オーストラリアが初めてで英語がわからない人や、年配や子連れで走れない人にとって、この関門は大きいと思う。不幸にもブリスベン経由で来る人は、最初から乗り継ぎ時間を長めに取った方がいいかも。
この事件を話したら、友人の第一声は、「あんたってこの頃、面倒な事件ばっかりじゃない?」だった。自覚はなかったが、そういえばそうなのか。実際、この事件後、唯一の慰めは、「これで来月号のネタができた」だったのが悲しい。来月は事件ネタじゃなく、平和な話題にしたいなあ。季節も良くなって来たしねえ。