カオルさんは、Toorakの美容室カオルのオーナーだった人だ。美容師から画家へ…。「好きなことだから続けられた」と言うが、その努力は並大抵ではないはずだ。メルボルンが大好きなカオルさんだが、現在NSW州の海辺に住んでいて、創作活動に忙しい。メルボルン総領事館広報文化センターで開催中の展示は10月末まで。
写実的ものを抽象的なものにする難しさ
3歳の頃に父親を亡くし、鎌倉彫りの先生だった母親に育てられた。日常的に絵に囲まれ、見よう見まねで描いていたせいか、ひとりっ子だったが淋しさは感じたことがなかったと言う。
名古屋に引っ越した時期に「写実的に描くこと」を学んだが、12歳で東京に戻った時、「あなたの絵ではなくなった。なぜ自分の絵を描かないの?」と前の先生に言われたそうだ。その時気が付いたのは、「景色を見て写真に撮るようにきれいな絵を描くのは誰にでもできる。私は違うことをしたいんだ」と。デッサンは写実的なもので、目を使って実物と同じように正確に描くものだ。そこから頭を使って抽象的なものにするのはとても難しい。でも、それが好きだということを自覚した。
子供時代にも絵のコンテストで優勝することはあったが、学校卒業後、「絵では生計が立てられない。それなら、うちの近所の、いつも新車に乗っている、あのかっこいい人のように美容師になろう」と決めた。「美容師なら世界中どこに行っても食べていける」とも考えた。美容師になって少し余裕ができてからは「とにかく何でも見てみたくて、あちこち旅行に行きました。母の知り合いがメルボルンにいて、来てみたら住み心地がよく、すっかり気に入ってしまいました」。
折ったり、破いたり、貼ったり
メルボルンの美容学校を卒業し、2ヶ所の美容室で働いた後、幸運にも働いた店のオーナーに気に入られ、タイミングも合って店を買うことになった。土日も店を開けてがんばり続け、絵も好きで描き続けた。その後結婚し、家族でNSW州に移り住むことになり、店を売って、本格的な画家としての活動を始めた。
メルボルンの有名なアーティスト、Helen Geier氏のワークショップに出掛けた時、作品に興味を持ってくれ、よき助言者として「あなたは、キャンバスの人じゃない。紙の人なのよ」とアドバイスをもらった。
作品を見るとわかるのだが、普通は作品を折ったり、切ったり、破いたりしないだろう。でもそこをあえていじる。「次元を変えるとおもしろくなります。半立体になるようにコラージュするんです」。作品のスタイルは、鎌倉彫りにも影響を受けている。「母の教室の手伝いをしていた頃、荒削りしたものを丁寧に彫り直すのが私の役目でした。それで版画の作品もあるのですが、破いたり張ったりするので、版画の専門家には怒られてしまうでしょうね」と笑う。
おもしろがってくれる人、喜んでくれる人のために
そして、「実は私の右手の親指は、足の親指なの」と手を見せてくれた。19年前、ボートに乗っていた時の事故で右手の親指を失った。美容師ではさみを持つ指がなくなる、大好きな絵を続けることも難しいとなると、普通は失意のどん底。だが、そんな時でさえ、ポジティブに乗り越えた。
髪を切ることはスタッフに任せ、お客様の相手をするために店に出た。ギブスにスカーフをかぶせ、おしゃれに楽しんだ。足の指を移植するための入院の時も、部屋着をコーディネイト。お見舞いの花や風船で部屋を明るく…。そんなふうだったから、看護師さん達がよく遊びに来てくれて楽しかったと言う。
「写実的な絵のを描けば、売れるのはわかっているんです。でも、それはしたくない。私の絵をおもしろい、好きだと言ってくれる人がいればいい。そのために描き続けます」。
苦労しているのに、苦労しているように見えない。淡々と言葉を綴っていく中に、強さと明るい響きが心地良い。それがそのまま作品に表れている気がしたインタビューだった。