「世界の丹下」として知られる建築家、丹下健三を父に持ち、親子二代に渡って、世界中の建築プロジェクトを手掛け続ける Tange Associates を率いる丹下憲孝。モナッシュ大学での講演を控えた過密なスケジュールの中、豊かな経験に彩られた建築家ならではの世界観を深く穏やかに語ってくれた。
父親と同じ職業を選んだ理由
いかに大変なのか、わかっていなかったんでしょうね。子供の頃から見るものが全て建築関係だったので、それしか知らなかった感じで。ハーバード大学2年の時には不安になり、専門を経済に変えてみましたが、数字的には答えが出せても、意味が見出せず、建築に戻りました。結果的には良かったですね。
空間を作ることが使命
父の仕事は都市計画、公共のビルなどで、住宅からは遠いと思われがちなんですが、私は段々、その境を感じなくなって、使う人がハッピーな空間を作ることが使命かなと。「また来たいな」とか、「気持ちが良いな」と感じることが大切で、私達は人が集う場、行き交う場を提供しているという考え方ですね。
建築家としての心構え
人間は感情を持ったいきものですから、建築は五感に訴えるものであるべきです。独りよがりのシンボル性ではなく、周囲との関連性の中でバランスを取りながら、主張すべき思想なり理由を主張していくという考え方です。
コンセプトは持っていますが、皆さんにそう感じてくださいと言うつもりはありません。できれば、いい建物だなあと思ってもらいたいですよ。でも、大嫌いでもいいじゃないですか。そういう関係性が刺激を作って、生活する喜びになり、それが街づくりに発展します。だから「これを見てくれ」という考え方を良いとは思いません。
ピカソやマチスでも失敗はあったでしょうけど、絵は書き直せば済むんです。建築は一発勝負ですから、きちっと考えを重ねなければ大変です。大学の恩師に「建築は社会責任のアートだ」と教えられました。
スタート地点
一番大切なのはお客様との対話です。大体、お客様は何が欲しいか、わかっていないものです。話しながら、それを具現化していきます。敷地の持つ、地域の持つ記憶も大切です。道が交差している所に建てるのか、どこから何が見えるのか、歴史だとか伝統だとか。人間の「好きだ」という感情は記憶に結び付くものなので、そこでのお客様の気持ちを大切にしています。
日本人的な発想と国際的な発想
自然との共存とか、外と中との境のない空間意識とかは、日本の伝統的な建築の考え方です。茶室の建築などの小宇宙的な考え方は、現代人が求めるものに近い空間になっています。忙しい中で、フッと息が抜けるスペースがシンプルなものだったり。そこに色があったり形があったりしたら、気が休まりません。
将来性を持った建築は、ある意味、非常にシンプルで、飽きのこないもの。そういう日本の美学的なものを理解し、それを破り、進化を加えて、最終的に原点に戻る様が大切だと思います。
また、現代は新しいものがコラボレーションで作られます。ルネッサンス時代は、限られた情報の中で、ちょっと頭の良い人が同時に発明家、芸術家、建築家だったりしましたが、現代では、そんな知識を全部頭に入れることは不可能です。建築家はその典型で、オーケストラの指揮者みたいなものですね。私は鉄筋の強度は理解できても、作ることはできません。どうやってみんなの力を集めて、最大の成果として出していくかですね。
情報が溢れて、世界がホモジニアスになってもいます。どこの街でも、空間として、環境として、雰囲気としての「らしさ」を、いろいろなレベルの人が真剣に考えていかないと、将来的に大きな問題になると思います。
次世代へのメッセージ
今はグリーンビルとかよく言われますが、私たちの人生はグリーン一色ではなく、レインボーカラーであると言えるでしょう。環境を破壊してきた私たちの責任は重大で、もちろんそれらへの配慮は必要ですが、それと共に、「ひと」が心地よいと感じられるスペースを作ることこそが、私たちの使命であると考えています。
また、建築家として、様々な経験を積み、空間を実際に体験することが大切です。格好いいホテルだって、泊まってみないとシャワーの使い勝手とかがわからないわけで。いろいろな体験をすることが自分の勉強になります。
そして、コミュニケーションの図れる人間になることが大切です。その中で専門分野を持ち、大きい視野で物事を捉え、自分にない部分を吸収し、協力し合って物を作っていく、そういう時代ではないでしょうか。