10月9日から始まるMelbourne International Arts Festival期間中、劇団The Eleventh Hourの舞台Endgameにバイオリン・ソロとして出演するMiwako Abeさん。バイオリニスト、そしてメルボルン大学のVictorian College of Arts助教授として、メルボルンを基盤に活躍する日本人の一人です。
バイオリニスト
Miwako Abe ミワコ アベ
バイオリニスト。桐朋学園高等学校・大学を経てロンドンの名門Guildhall School of Music and Dramaに留学。1974年から1年間、オーストリアのSalzburg Mozarteumで世界的バイオリニストで指揮者のSandor Veghの下で学ぶかたわら、アシスタントを務める。82年来豪。03年よりVictorian College of ArtsのAssociate Professor(弦楽器科)。
Samuel Beckett :
Endgame 1958 - 2008
日時:10月20日(月)~ 25日(土)
フランスの劇作家Samuel Beckettの舞台作品に、バッハのChaconneを取り入れ、人生の最後を描いた詩的かつコミカルな舞台。
憧れのクラシックの本場へ留学
バイオリンを始めたのは5歳の時。家庭内でいつも音楽が身近にあり、兄がバイオリンを習っているのに影響されたからです。その後、レッスンを受けていた桐朋学園の創設者でもある、チェロリストで指揮者の齋藤秀雄先生に勧められて、福岡から東京の桐朋女子高等学校に入学しました。大学に入ってから江藤俊哉先生にロンドンのGuildhall School of Music and Drama の教授でもあるバイオリニストのYfrah Neaman先生を紹介され、ロンドンに留学。クラシックの本場であるヨーロッパで学ぶことは長い間の憧れだったので、とても嬉しかったです。
学校は常に競争の厳しい世界でしたが、上達したい気持ちが強かったので練習も苦にはなりませんでした。ロンドン留学時代に参加したサマースクールでVéghクァルテットのバイオリニストとして有名なSandor Végh先生に教えられたのを機会に、オーストリアのSalzburg Mozarteum(音楽大学)で同教授の助手をしながら学びました。この直後の1975年に、ロンドンのWigmore Hallでバイオリニストとしてデビューしました。
来豪は1982年で、キャンベラのAustralian National University Canberra School of MusicにLecturerとして招かれたからです。日本との時差が少なく簡単に行き来できる点が気に入り、まだまだクラシック音楽の歴史が浅い国で音楽面で貢献できれば、と思い決心しました。日本は画一的な指導をしますが、小さい頃からしっかりと基礎を習い技術面を大切にします。逆にオーストラリアは個性を尊重する教え方をしますが、子供の時の練習は程々にしている印象を受けますね。その点、基礎も個性の尊重もバランスの取れている感じがするのはヨーロッパで、さすがはクラシック発祥の地というだけのことはあると思います。
“人間の声に近い”バイオリン
バイオリンの音はよく“人間の声に近い”と言われています。それだけにその音色を聴いて感動する人は他の楽器よりも多いようです。自分で音程を決めなくてはならない為、習い始めはピアノよりも難しいのですが、音楽的な面では馴染みやすい楽器です。そして、言葉では表現できない次元の人間の感情を表現できる楽器だと思います。ベートーベンの作品を聴くとよくわかるのですが、人間の感情の起伏等がとてもよく現れています。そんな意味もあって、一番好きな演奏形態はピアノとのデュオです。弦楽器奏者だけでも複数いるオーケストラに対して、デュオは存分に自分を表現できるので、やり甲斐を感じられます。バイオリンの音色によって、聴いている人に喜び等を伝えられたら嬉しいな、と思いながらいつも演奏しています。
20年前の願いが実現している喜び
オーストラリアに来て、20年以上バイオリニストとして活動しながら、現在はメルボルン大学のVictorian College of Artsで教えています。リサイタルの前は毎日4、5時間は練習しなければならないので、時間的にも体力的にも大変ですが、自分でできることへの責任感がありますから、おざなりにはできません。
また、生徒に教えることで、例えばその欠点を分析してどうすれば良いかを考えていくことは、自分自身の演奏の役にも立ちます。今年の後半には、オーストラリアのピアニストMichael Kieran HarveyとNew Yorkのレコード会社、New World Recordsの為のCD録音も予定されています。オーストラリアの作曲家が作曲してくれた作品を音にできるという点で、当初の “オーストラリアへ音楽面で貢献したい”という願いを実現させていることは、私にとっては大きな喜びですね。